


2026年は後水尾天皇の寛永行幸から400年を迎える年です。
寛永の京都では、花や茶の湯、書画、工芸、和歌を愛する人々が集い、交流するなかで、日本文化の大きな花が開きました。
後水尾天皇の周囲には、小堀遠州や千宗旦、本阿弥光悦、池坊専好をはじめとする 多くの文化人が集い、さまざまな文化サロンが生まれます。その文化はやがて公家や武家だけでなく、町人たちにも広がっていきました。
花を囲み、人が集う。
そこから育まれた美意識は、今日の日本文化へと受け継がれています。
華道家元池坊では、今秋、「寛永文化サロンの華」として、"華"から寛永文化をひも解き、400年前に広がった豊かな文化交流の世界をご紹介します。
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後水尾天皇
(1596-1680)
江戸時代初期の第108代天皇。徳川秀忠の娘・徳川和子(東福門院)を中宮に迎えるなど、朝廷と幕府の関係が大きく変化する時代を生き、譲位後も上皇として朝廷文化を支え続けました。
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池坊専好(二代)
(1575-1658)
池坊を代表する花の名手。後水尾天皇の時代に活躍し、宮中や武家社会でも高く評価されました。花を通じた文化交流の広がりに大きな役割を果たし、寛永文化を彩る存在として知られています。
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小堀遠州
(1579-1647)
徳川三代に仕えた大名。茶の湯や作庭に優れ、「綺麗さび」と称される美意識を確立しました。二条城二の丸庭園の整備に携わるなど、寛永期を代表する文化人として知られています。
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本阿弥光悦
(1558-1637)
書、陶芸、漆芸など多彩な分野で才能を発揮した芸術家。京都・鷹峯に文化人たちの拠点を築き、寛永文化の発展に大きな役割を果たしました。現在の琳派につながる美意識を育んだ人物として知られています。
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千宗旦
(1578-1658)
千利休の孫。わび茶の精神を受け継ぎ、茶の湯の発展に尽くしました。後水尾天皇の周辺で活躍した文化人の一人で、後の表千家・裏千家・武者小路千家の基 礎を築いたことで知られています。

後水尾天皇と立花
後水尾天皇は、みずから花をいけることでも知られていました。
後水尾天皇のもとでは宮中立花会がたびたび開かれ、近衛信尋や四辻季継といった公家のみならず、池坊専好(二代)も参加し、立花を披露しました。
天皇は花の文化に深い関心を寄せ、多くの人々とともに立花を楽しんでいたのです。
ここに紹介するのは、後水尾天皇が譲位後に仙洞御所で立てた立花です。
寛永文化の中心には、人々が花を囲み、美を語り合う豊かな交流、いわば寛永の文化サロンがありました。
立花図屏風(部分)東京国立博物館蔵
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
池坊専好と立花
寛永文化が花開いた時代、池坊専好(二代)は立花の新たな魅力を切り開きました。草木によって山川の風景や季節の移ろいを表現する立花は、後水尾天皇をはじめ多くの文化人たちに愛されます。
専好の花は文化交流の場を彩り、人々を結ぶ役割も果たしました。



寛永文化を見る・学ぶ
旧七夕会池坊全国華道展
花を愛する人々が集い、日本文化の大きな花が開いた寛永の時代。その豊かな文化交流の世界を、池坊の華道家による作品とともにご紹介します。
会場では、後水尾天皇と池坊専好(二代)が御所でたてた立花などを、絵図と復元作品の並列展示によってご覧いただきます。四百年前に生まれた美意識や花の魅力を、より深く感じていただける内容です。
花を通して育まれた美意識と文化の広がりを、四百年の時を超えてご覧いただきます。
寛永文化サロンの華やかな世界を、ぜひ会場でお楽しみください。
開催概要
大丸会場(大丸京都店6階大丸ミュージアム<京都>)
11月11日(水)~16日(月)
池坊会場(家元道場)
11月13日(金)~16日(月)